感じつくす

いろんな感情を抑えつけていた。

 

わがまま言っちゃいけない。

怒っちゃいけない。

泣いてはいけない。

調子にのっちゃいけない。

 

子どものころ、そんな感情をあらわすと

怒られたから。

抑えててもはみ出る気持ち。

はみ出すたびに、頑固だ強情だと言われ、

時には嘲笑われた。

 

嫉妬は醜いもの。

弱音はいたりすると、つけこまれるよ。

明るくしてなくちゃ。

他人には優しくしなくちゃ。

迷惑かけちゃだめ。

 

学校や社会で、しらずしらずに

刷り込まれていく価値観。

自信がなく、軸が定まらないわたしは、

他人に合わせてフラフラしてた。

自分の感情は置き去りにして。

 

抑えてるって意識もなかったよ。

 

抑えこまれて感情が、

わたしの中で渦巻いて、

出口を求めていたんだね。

苦しくて苦しくて、

でもなんで苦しいのか、わかってなかったの。

 

子どもが生まれて、3歳になった頃が

苦しさのピークだった。

一人ならごまかしてこれたことを、

子どもが、あばいていく。

ママ友とのつきあいも、うまくいかなくなった。

爆発寸前💥

 

そんな時に出会った人が教えてくれたこと。

感情を感じつくす。

 

静かに座って、

自分の内面から浮かび上がってきたら

その感情をみる。

 

どんな色?

どんな形?

手触りは?

動きはある?

温度は?

形容するとしたらどんな言葉?

 

感情をイメージで捉えて

形を与える。

 

一人になれる時間に、やってみた。

 

最初に出てきたのは「怒り」

真っ赤で熱くて、

手に負えない感じ。

 

日を置いてまたやってみる。

次に出てきたのは「悲しみ」

ガラスの箱に閉じ込められたわたしが、

その外側を流れる水をみている。

とても寒い。

 

また別の日、「不安」

針のむしろに居るような

落ち着かなさ。

 

その次が「嫉妬」

真っ黒でドロドロ。

 

しばらく感情が浮かばない日が続いて、

ある時ふと出てきたのが「喜び」

コンビニに行く途中、

何気なく顔をあげると、高く澄み渡った空が

目に飛びこんできた。

風が街路樹の葉を揺らす音や、

車が走っていく音までもが、鮮明に響き、

通りすがりの親子が、

楽しそうに仲良くおしゃべりしながら歩いていた。

 

気がついてなかったんだ、今まで幸せの中に生きていたことを。

特別じゃない日常に、こんな美しさがあったってことを。

「喜び」があふれてきた。

 

この日を境に、

感情を「感じつくす」ことをする必要がなくなった。

やってみようと座っても、たぶんできないと思う。

 

押さえつけられて、ないものにされていた感情に

居場所ができた。

 

怒りや悲しみや嫉妬が

消えたわけではない。

毎日喜びに満ちあふれているわけでもない。

 

感情を認め、付き合っていく

スタート地点に立てた。ということ。

 

五感が研ぎすまされて「喜び」を鮮明に感じたのは、

あれ以来ないけれど、

でも、思い出せば

いつでも戻っていける。

 

今日も、空がきれい。