使命なんてない

この世に生まれてきたのには

理由があって、

何か使命があるはずだ。

と思っていた。

 

なんだろう、わたしの使命は。

世の中の、誰かの役に立つこと。

そういうことを、仕事としてできたら

いいなぁ、なんて思っていた。

 

使命を探す日々。

勉強して、資格を取ったり、

わたしの力が役に立ちそうなところへ、

参加してみたり。

 

どんなにどんなに探しても、

どこにもわたしの使命はなかった。

 

本当に長い間探し続けて、

ようやく、気がついた。

 

使命なんてない。

少なくとも、探しているうちは見つからない。

 

使命を探してるつもりだったけど、

わたしが求めていたのは、

人の役に立って、すごいねって認められることだった。

自信のなさから、そういうものがあれば、

自信につながりそうって、

下心だらけの欲望だった。

 

人のため、じゃなくて、

自分のため。

人のためなんて 

きれいごと言って、

実は自分のことしか考えてないのだった。

 

それじゃ、見つかる訳がない。

 

使命なんてなくてもいいよ。

ただ目の前の出来事に対して、

自分の気持ちに素直に、

自分にウソをつかずに、

誠実に向き合っていければ、

それでいい。

 

使命って、

きっと好きで好きで続けてきたこととか、

やるべきことをひたすら誠実につづけているうちに、

たまたま誰かの役に立ったり、

力になったりして、

だんだんと形になっていくのだと思う。

そうやって、後から使命だったのかな?って

気がつくものだと思う。

 

好きでやってることが、

多くの人の役にたつようになれば、

すばらしいけど、

別にそうならなくたって、

大丈夫なんだ。

使命探しにさまよっている時間が、

不毛だったわ。

 

使命なんて、なくてもいい。

なくても大丈夫。

魔法の呪文

最近こころがけてること。

 

まぁ、いっかー。

しょうがないわ。

死なないわ。

 

真面目なわたし。

考え込んで、

堂々めぐりをする癖がある。

きちんとしなくちゃって、

自分を規制する癖がある。

 

考えすぎて、動けない。

言葉も出てこない。

 

そんなわたしを動かす

魔法の呪文。

 

あらら、うまくいかないわ、まぁいっか〜。

思った通りにならないね、しょうがないか。

きちんとできないけど、死なないわ。

 

やらないと、わからない。

思いきってやってみる。

躊躇することも、勇気を持って。

きちんとじゃなくても、大丈夫。

 

行動する。

言ってみる。

 

ずっと動けなかったこと、

ずっと言えなかったこと、

最初からすんなりいくわけがない。

 

試行錯誤して、練習もたくさんして

上手になるんだよね。

やってみた③

今回やってみたことは、

「子どもたちに任せてみる」

 

先日面白そうなイベントのお誘いが

ありました。

行きたいなーとおもったのですが、

場所はうちから車で4時間くらいのところ。

時間も遅いので、

友だちが泊めてくれると言ってくれました。

 

問題は、次の日が平日だということ。

子どもたちの学校があります。

 

夫は早朝に出勤してしまうので、

わたしがいなければ、

子どもたちふたりきりになってしまいます。

 

6年生と3年生。

鍵をもたせて留守番することは、

もう二人ともなれていますが、

朝、ふたりきりは今まで一度もありません。

 

少し悩みましたが、

行きたいなーという気持ちを優先させて、

子どもたちに協力を求めることにしました。

 

朝は起こさなくても自分で起きられるし、

支度は自分でできる。

ご飯も簡単なものなら自分たちで作れる。

何も心配はいらないのです。

 

それでも躊躇してしまったのは、

子どもたちの見送りをするのは、

母親の務め、みたいな価値観に縛られていたのかなぁ。

 

玄関で子どもたちの顔をみて、

いってらっしゃいを言う時間を

大事に思っているし、

義務感ではなく、やりたくてやっていること。

 

だけど、それに縛られて、

やりたいことを諦めることはないな、

と思いました。

 

子どもたちを信頼して、

任せてみました。

 

一泊して、子どもたちが

学校から帰る前に家に着きました。

テーブルの上に、上の子からの手紙。

優しく、気遣いも感じられる内容でした。

 

子どもたちの自信にもなったのだなぁと

思います。

任されて、やり遂げたことが

嬉しかったようです。

 

やってみた②

自分にはめてた枠を、

取っ払う。

 

なんとなく躊躇していたこと。

いつもなら、やらないを選んでいたこと。

「やる」を選んでみよう。

一回やって、違うなって思ったら

次はやらないを選んだっていい。

 

今回のやってみるは、

「髪を染める」

 

コンプレックスの洗い出しをしてて、

思い出した。

髪の毛が真っ黒。軽くコンプレックスだった。

 

ずっと前染めてみたこともある。

真っ黒すぎて、色が染まらない。

何度もやりなおし、時間がかかって

髪がものすごく傷んでしまった。

 

それ以来、染めていない。

 

最近は黒い髪、そんなにコンプレックスでもない。

傷んだらやだしなぁ。

だから、染めるなんて考えてなかったの。

 

でも思い出しちゃった。

やってみたかったこと。

 

傷んだとしても、そのうち髪はのびるわ。

失敗してもいいから、やってみよう。

 

髪を染めるなんて、

ほんの些細なこと。

 

でも、失敗することを許してあげられたら、

次につながる。

失敗を恐れてできなかったこと、

他にもたくさんある。

やってみるハードルがさがるはず。

 

3年くらい通って、

とっても信頼してる美容師さんに

ありのままを伝えて、

色と明るさを決めた。

 

かなり明るい色で染めたけど

もともとが黒いかみなので、

言わなきゃ気づかれない感じ。

もっと明るくてもいいかもなぁ、だけど

それはこれから徐々に変えてってもいい。

 

失敗することを許すと、

可能性が広がる。

 

やってみた①

今まで、やったことのないことを

やってみる。

自分で作った枠から出るために。

 

今回は、

「一人でカラオケに行く。」

 

一人でカラオケなんて、

さみしい人だって思われるかも。

それともよっぽど好きなのかって思われちゃう。

そう思って躊躇してました。はいっ!

 

行きましたよ。ひとりで。

しかも土曜の夜。

急いで夕食を終わらせ、お風呂にも入って、

洗濯物を洗濯機にかけて、

子どもたちにおやすみを言って、

出かけました。

 

やってみたら、なんてことないの。

ひとりでさみしい人なんだって思われたって、

よっぽど好きなんだなって思われたって、

別にどうということもない。

そもそも、そんなに見てないでしょう。

自意識過剰すぎでした。

 

誰に気兼ねすることなく、

思い切り歌いまくって

楽しかった〜〜〜。

 

おまけに、わたしが出かけられるよう、

夫はお茶碗を洗ってくれて、

子どもたちは洗濯物を干してくれた。

家族の支えを実感することもできました。

 

取り戻せる

子どもの頃、

歌っていると

親に、音程がハズレてるとか

オンチだとか、

さんざん言われて歌うのがすっかり嫌になった。

 

音楽の授業もキライ。

歌うときは、なるべく小さな声でごにょごにょ歌う。

カラオケ誘われても、歌わない。

 

歌うようになったのは、最近のこと。

ちょっとしたきっかけで、

歌を習い始め、

ゴスペルのクワイヤにも入った。

歌うことって気持ちがいい。

ステージにも立って歌っちゃった。

 

あーあー、もったいなかったな

と思う。

もっと早くこの楽しみを知っていたら。

なんて、考えてもしょうがないけどね。

 

苦手だと思って避けていたこと、

しなかったこと。

やってみたら、案外できたり、

楽しかったりする。

 

高校の登山遠足の時、

最後尾でやっとのことで登った山。

二度と登山なんかしない‼️って思ってけど、

約25年ぶりに登ってみたら、楽しかった〜。

高校生の時より体力があるのかも。

あの頃、結構いろんなことにヘトヘトだったし。

 

運動も苦手で避けてた分野。

子どもがスノーボードをしたいって言い出したとき、

一緒に始めちゃった。

急斜面は怖くてムリだけど、

中級コースなら、滑って降りられるの。

風を切って滑る。心地よい。

 

取り戻せるんだなぁ。

 

できなかったこと、してこなかったこと、

他にもまだまだあるけど、

心のどこかにひっかかってたことは、

きっとやりたかったこと。

 

コンプレックスは可能性の宝庫だよって

教わった。

そうだなぁって思う。

 

コンプレックスを洗い出して、

並べてみる。

過去に遡って、忘れてたことも思い出す。

 

どうにもならないこともある。

例えば、背が低いこと、足が短いこと。

そういうのは、受け入れる。

 

他人の目を気にしてよく思われたい、とか

顔色をうかがってしまう、とか

もういらないなと思うものは、

手放せるように、自覚して改善する。

 

そうやって仕分けして、

残ったものをとりくんでみる。

歌もそう。

身体を動かすこともそう。

キレイになりたいなっていうのも、できることはある。

 

まだまだ可能性があるじゃないか、わたし。

劣等感、隠してる場合ではなかったわ。

 

はやくやっておけばよかったなって、

思う気持ちもあるけれど、

これが70歳80歳だったら、

もっとハードルは高かった。

気力も体力も、今よりも少なくなっている。

 

気がついたのが、

今でよかった。

そして、先延ばしにする時間は残ってない。

 

行動あるのみ‼️

 

自然体

他人の顔色うかがって、

おどおど、ビクビクしてたから、

のびのびとリラックスして自然にふるまえる人、

憧れてしまう。

 

いま、そうできるようになるための練習中。

 

自分の感情を大事に、

欲求に素直にしたがうことに決めた。

 

ところが、長い間自分の気持ちを抑えて、

自分の欲求よりも、

他人にどう思われるかが、行動の基準だったから、

自分の感情がよくわからなかったりする。

 

あーあー、ダメだな、とついつい思う。

自分にダメ出しするのも、くせになっている。

 

否定的な親に育てられて、

ここまできたのだから、

そういう反応になるのは、仕方がないわ。

焦ってもしょうがないわ。

 

ついつい他人の反応をうかがってしまう。

ついつい否定的に考えてしまう。

それが、今のわたしの自然体ということ。

 

他人の顔色みて、自分の欲求を抑えて生きるのは、

もうイヤだから、つらいから、そこは変えていく。

 

でも同時に、そういう自分にダメ出しもしない。

 

抑えられて、埋もれている感情を

そっとそっと掘り起こす。

 

わたしが何を感じているか、

何をしたいのか、言いたいのか、

わたしがちゃんとわかってあげられるように、

大事に、じっくり育てていくよ。